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東京高等裁判所 昭和26年(ネ)1184号 判決 1954年1月30日

控訴人 原告 遠藤仁三郎

訴訟代理人 島田武夫 外二名

被控訴人 被告 国 代表者法務大臣 犬養健

指定代理人 岡本元夫 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金五百万円及びこれに対する昭和二十七年四月二十九日以降完済まで年五分の率による金員を支払うべし。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人指定代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上並びに法律上の主張は、控訴人訴訟代理人において、

(一)  原判決事実摘示の請求原因並びに抗弁に対する答弁についての訂正

(イ)原判決書二枚目裏九行目より十一行目に亘り「而して被告(被控訴人以下同じ)は別段これに対し右記事の差止め又はこれを取消すための措置を講じて居らないのであつて」とあるのを、「而して被告は……右記事の差止め、取消し又は訂正のための措置を講じて居らず、且つ爾後右記事のとおり閣議並びに委員会の決議を実施してきたのであつて……」と

(ロ)同三枚目裏十一行目末尾に「原告(控訴人以下同じ)主張のような債権」とあるを「被告主張のような債権」と各訂正し

(ハ)同四枚目表一行目「しかしながら……」以下同段記載を撤回し、中央物資活用委員会の決定した隠退蔵物資調査処理要綱の定めるところが本件懸賞広告の意思表示の内容をなすものであると主張する。

(ニ)同四枚目裏二行目「又前記のように終戦当時……」以下同五枚目表六行目まで控訴人の主張として掲げるところは、要するに終戦当時訴外東洋工機株式会社が被告に対して被告主張のような債権を有していたこと及び同会社と被告国との合意による代物弁済契約により本件物資が右訴外会社の所有に帰したとの被告の主張事実を否認する趣旨であつて、元来本件物資は、訴外不二越鋼材工業株式会社が国のため保管中であつたのを、同会社の東京工場長であり且つ訴外東洋工機株式会社の取締役であつた訴外宮田慶三郎が、終戦直後の混乱に乗じ昭和二十年九月初旬頃、擅ままに多数の人夫を使役して東京都板橋区志村中台町九十二番地石原合金工業株式会社の敷地内の土中及び同地常盤台四丁目二十九番地石原栄治方床下に運搬の上隠匿横領していたもので、その所有権は被告国に属するものであり、若し又仮りに訴外東洋工機株式会社が被告に対し被告主張のような債権を有していたとしても、その主張の代物弁済契約は昭和二十年八月三十日頃成立したというにあるところ、昭和二十年八月二十八日の「軍其他の保有する軍需用保有物資資材の緊急処分の件廃止の件」に関する閣議決定(甲第十五号証参照)及び右閣議決定に基き主管大臣より同日発せられた陸機密第三八八号の命令(甲第十三号証の末尾参照)により、同日以前になされた軍需品に対する緊急処分は一切これを取消され、翌二十九日以後はこれが処分を禁止された結果、前記の如き軍需物資を対象とする代物弁済契約は効力なく、本件物資は終始被告国の所有に属し、従つて報償金の支払についても産業復興公団の買上を要しないことを主張したのであるが、この点については被控訴人も当審においてかかる代物弁済契約の無効であること、従つて本件銀線が国の所有に属することを認めたから、再説の要はない。

(二)  従前主張の新聞紙による懸賞広告についての釈明

(イ)政府の意思決定とその内容

昭和二十二年八月一日の閣議決定は、潜在物資を摘発した情報提供者には一定の割合による報償金を交付するという懸賞広告の大綱を定めただけのもので、その具体的内容は不明であるが、同年九月十三日中央物資活用委員会決定による隠退蔵物資処理要綱によれば調査摘発する物資の種類は隠退蔵物資等緊急措置令の調査物資及び指定物資並びに指定生産資材在庫調整規則の別表に掲げる物資であつて左の各号の一に該当するものとする。とし、一、隠匿物資等緊急措置令第三条第一項に規定する譲渡命令の対象となる物資、二、指定生産資材在庫調整規則第五条第一項に規定する過剰指定生産資材であつて未だ活用の途の採られない物資、三、所有者又は保管者の不明な埋蔵その他隠匿せられた物資及び無籍の物資(上記要綱第一取扱物資の種類の項参照)と定め、報償金の額については産業復興公団に買入れた物資の最終段階の統制額(時価が統制額より低いものについては時価)を基準とし、その価格の千万円までは一割、千万円を超え二千万円までは八分、二千万円を超える部分については五分と定め(昭和二十二年八月二十四日決定情報提供者に対する報償金の算定方式の件)る等、前記閣議決定と中央物資活用委員会の閣議決定実施細目とは相俟つて不可分の一体をなし、懸賞広告による意思表示の内容をなすものである。そして政府が本件懸賞広告の意思決定をなした日時については、前記昭和二十二年八月一日の閣議決定の外、これが実施細目に関する前記諸決定中「情報提供者に対する報償金の算定方式」の件は同月二十四日に、「隠退蔵物資の買上価格の基準」の件は同年九月十日に、「隠退蔵物資処理要綱」「情報提供者に対する報償金支払に関する取扱方針」及び「費用支弁に関する取扱方針」の諸件はいずれも同月十三日に、それぞれ決定している事跡に鑑み(乙第一号証参照)政府の本件懸賞広告による報償金支払の意思は、昭和二十二年九月十三日までに決定せられ、同月十八日附起草を了して各地方経済安定局長宛に通牒を発しているが、その前日の十七日に安本監査局の係官は記者団と会見し、前示諸決定による具体的に内容の確定した懸賞広告の指定行為を明示し、これに対し所定の報償金を支払う旨を公表し、その内容は甲第一号証の記載に示す如く昭和二十二年九月十八日附朝日新聞紙を始め各新聞紙を通じて全国に報道された。かくの如くして政府は本件懸賞広告による指定行為をなした者に対し、法律上の義務として一定の報償金を支払うという意思決定をし、且つこれを外部に対し表示したものである。

(ロ)懸賞広告の表示行為の内容と内心的効果意思との関係

昭和二十二年八月二日附毎日新聞(甲第十九号証)同年九月十八日附朝日新聞(甲第一号証)等に掲載されている事項は、右甲第十九号証及び第一号記載のとおりであつて、これによつて政府は前示意思決定に基き一定の行為を指定してその行為をなした者に所定の報償金を支払うことを広告したものというべく、その記事の内容自体においても懸賞広告による意思表示として欠けるところはない。尤も甲第一号証の掲載記事によれば「隠退蔵物資の情報提供者」とあつて前記処理要綱に規定したような厳格な調査摘発の対象となる物資の種類範囲を表示していないけれども、「隠退蔵物資」ということで一般にはその範囲輪廓は十分理解できるところであつて、指定行為の内容はこれによつて特定し得る。そして安本監査局の係官は当時前記閣議決定並びにこれが実施細目に関する中央物資活用委員会の諸般の決定事項(即ち具体的に確定した意思表示の内容をなす)を逐一公式の新聞記者団との会見席上発表したのであるから、右公表事項が直ちに全国の各新聞に掲載されることは予期されていたと言うよりはむしろこれを意慾していたことは明らかであつて、この新聞記者団に対する公表自体が現に広告であり、(広告による意思表示は不特定多数人に知られるような方法で意思表示をすれば足り、必ずしも新聞紙等による定期刊行物に掲載するなどの要式を必要としない。)更にこれを新聞紙上に掲載した記事は、もとより広告による表示行為があつたものに外ならない。ただそれが被控訴人国の名において新聞紙に広告したものでないにしても、被控訴人がかような方法で不特定多数人に対し意思表示をしたことが認められる限り、これを広告とみるに何等の妨げとなるものでない。若し被控訴人において前記公表事実を国民に知らせることを欲しなかつたというのなら、掲載記事の取消訂正の措置を執るべきであつて、これを敢えてしなかつたのは却つて、前記公表事実を大々的に新聞紙上に発表させ国民の協力を得て、隠退蔵物資摘発の効果を挙げようとする意思の下に公表し、且つ新聞紙上に掲載せしめたものであること愈々明らかであつて、右公表ないし記事の掲載は、懸賞広告による意思表示として法律上被控訴人を拘束するものである。

(三)  請求原因の追加

仮りに前記甲第十九号証及び第一号証の新聞記事によつて被控訴人国が懸賞広告をしたものであると認められないとしても、

(イ)新聞記者団に対する公表行為自体懸賞広告である。

既に述べた如く乙第一号証によつて明らかなとおり、被控訴人国は前記閣議決定ないしこれが実施細目に関する中央物資活用委員会の諸般の決定を経て隠退蔵物資の情報提供者に対して一定の報償金を支払うという意思決定をなし、その決定に基き昭和二十二年九月十七日安本監査局の係官は記者団と会見して乙第一号証の「隠退蔵物資調査処理要綱」等一連の諸決定のプリントに基きその内容を詳細に公表し(即ちその公表内容は前記新聞掲載事項のみならず右諸決定に示された如く指定行為の内容並びに報酬の額等も具体的に確定している。)たのであるから、右新聞記者団に対する公表行為自体既にその内容の確定した懸賞広告による意思表示である。従つて前記新聞記事の掲載が政府の名においてなされなくとも、否かかる記事が掲載されなくても、右公表を伝え聞いて情報を提供した者に対し公表の内容に従い報償金を支払う義務がある。

(ロ)右(イ)の公表行為を目して民法のいわゆる懸賞広告に該当しないとしても、国家は自らなした決定を公表することによつて、当然その内容に従つて法的拘束力を受けるものである。

その法律上の根拠は法例第二条にこれを求めることができる。即ち同条は公の秩序、善良の風俗に反しない慣習の効力を認めたものであつて、国家の行政庁や地方の自治機関が、公共の福祉のため時宜に応じた適切な行政行為や処分行為を公正迅速に行うことは、国家行政並びに自治行政の例外なき慣習であり、国民は官庁や機関の行政行為に信頼してその生業を営むことができるのである。本件において昭和二十二年八月一日の閣議が、潜在物資を摘発した情報提供者に一定の割合による報償金を交付することを決定し、これに基いて中央物資活用委員会がその具体的取極をしたのは、慣習上なし得る時宜の行政措置を講じたのであつて、これらの取極ができてこれを外部に発表した以上、それは一つの社会規範として政府は当然法律上その拘束を受くべきものである。この場合政府が決定した事項を外部に表示する行為は必ずしも意思表示であることを要しない。表象の表示でも感情の表示でも差支なく、要は決定事項が外部から知られる方法をとれば足りるものである(昭和二、六、一六行政裁判所判決録七三五頁、昭和三、一、二四行判七七頁参照)以上の法理はこれを他の例を挙げて説明すれば、いわゆる就業規則が使用者と労働者双方を拘束する法的根拠について、今日ではこれを契約に求め或は法規に求める学説はむしろ陳腐に属し、就業規則は現実の社会において事実上行われている一つの社会的現象であり、現実の社会関係から生れる社会的強制力をもつ規範であるとする説、即ち就業規則が法例第二条を根拠とし換言すれば公序良俗に反せず、そして従来の慣習つまり文化規範を表現している限り法律と同一の効力を有し、労使双方を拘束するとなす説とその軌を同じうするものであり、また公の営造物を利用するについて規則が設けられたとき、この規則の定めるところに従つて一般に利用されることが慣習となつているのであつて、これによつて右規則は利用者被利用者双方を拘束する法的効力を有するに至るのも同一根拠に基くものといえよう。

(四)  発掘された本件銀線が前記乙第一号証中「取扱物資一覧表」中の電線(指定生産資材在庫調整規則並びに隠匿物資緊急措置令に規定するもの)に該当することについて。

報償金支払の対象としての取扱物資たる電線の語義を判定するに当り、摘発を直接の目的とする前記規則、令に規定する如く厳格に解する必要がないのみならず、本件銀線が被控訴人主張のように銀の地金でないことは、最高裁判所が「取引上その他地金的価値を超えて美術的、骨董的、学術的又は実用的価値を有する金銀等の金属による製品は地金ではない」旨判示(昭和二十六年(れ)第九一二号同二十七年二月十四日言渡判決、判決集第六巻二号二二五頁)しているところに照らしても明らかであり、既に地金でないとすれば電線であること争う余地はない。そして前記一覽表に単に電線、被覆電線、裸電線とあるのみで、銅線のものに限る旨の制限はなく、本件銀線はもともと電線として製作され使用されていたものであるから、右電線に該当することは疑のないところである。

(五)  報償金請求の基準等について。(この点に関し原判決事実摘示を左のとおり附加訂正する)

前記「隠退蔵物資処理要綱」によれば、情報に基く調査の結果隠退蔵物資を発見し且つ公団(産業復興公団)においてこれを買上げたときは、当該情報提供者に対して所定の報償金を支給すべき旨定められているが、本件銀線は被控訴人国の所有物資であるから、公団において買上げを要せず政府がその物資を収納した時直ちに所定の報償金を支払うべきものである。ところで控訴人の情報提供により昭和二十二年九月二十五日、被控訴人は経済安定本部道家経済査察官外係官を派遣して調査の結果、銀線約三十二屯を発見した(甲第二、第三号証参照)のであるが、その後の調査及び処理を等閑に附した結果、進駐米軍は自ら本件銀電線を発掘して、その一部少くとも内二六〇屯〇四九キロ五五(純銀分九八・六%)を大阪造幣局に運んで鋳潰し、これを純銀として日本銀行地下室金庫に日本国政府のため保管中であつたところ、平和条約の発効と共に昭和二十七年四月二十八日これを日本国政府に引渡を了した。そこで本件報償金の額は、右二六屯〇四九キロ五五に対する九八・六%の純銀二五屯六八四キロ八五六の右引渡当時における公定価格二億四千九百十四万三千百三円(昭和二十六年五月改定公定価格一キロ当り九千七百円の割合によつて算出した金額)に対する前記所定の率による金千三百二十五万七千百五十五円となる筋合であつて、右報償金は右引渡の即日に支払わるべきものであるから、被控訴人は控訴人に対し右金千三百二十五万七千百五十五円及びこれに対する右物資の引渡を受けた日の翌日である昭和二十七年四月二十九日以降完済まで年五分の率による遅延損害金を支払う義務あるところ、本訴においては内金五百万円及びこれに対する前同日以降完済まで年五分の率による金員の支払を求める。

なお昭和二十七年四月二十八日平和条約の発効と共に(い)進駐軍より日本国政府に引渡された銀の総量は二、三六五屯九四〇キロ、(ろ)進駐軍保管の銀の中政府主張の政府保有銀の総量一、四九九屯四七〇キロ、(は)引渡された銀のうち右政府保有分外の銀の総量八八六屯四七〇キロ(右(い)と(ろ)の差額量)であつて、本件銀線(鋳潰されたもの)は右(は)のうちに含まれるものである。

(六)  当審における被控訴人の主張に対する反論

(イ)政府の意思決定の時期とその表示行為である懸賞広告について。

中央物資活用委員会が政府の諮問機関であるとの被控訴人の主張は否認する。同委員会は隠退蔵物資等遊休物資の活用に関する重要事項について政府の意思を決定する機関であつて、安本当局はただ単にこれを執行する事務上の機関に過ぎないから、安本監査局長の地方経済安定局長及び産業復興公団総裁宛「隠退蔵物資の調査摘発に関する件」通牒が九月十八日に起案されその実施期を九月二十三日と定められたとしても、この通牒案が安本総務長官によつて決裁された時始めて政府の意思が決定される筋合でなく、既に前記中央物資活用委員会の諸決定によつて政府の意思決定があつたものと解すべきである。

仮りに被控訴人主張の如く九月十八日か、それ以後実施期たる同月二十三日までの間に安本総務長官の決議によつて政府の意思決定があつたものとしても、その決定内容は前記委員会の諸決定と全く同一であつて、換言すれば「既に実質的に意思決定は確定していたが(前記委員会の決定により)、未だ意思決定としての形式的事務的の要件を欠いていたのをそのまま外部に表示して置いたところ(九月十七日の記者団に対する公表、同月十八日附朝日新聞報道記事)、後日その形式的の手続を経て(安本長官の決裁)実行に移したが(同月二十三日実施)、それは内部の事務的のことに過ぎないから更めて表示しなかつた」というに帰し、結局前記外部に対する表示行為が少くとも九月二十三日(実施期)に懸賞広告としてその効力を生じたと解し得られること禁反言の法則からも当然のことである。

(ロ)引渡のあつた本件純銀の数量について。

進駐軍から引渡された貴金属の中、数量の不足していたのは金についてのことであり、銀については政府並びに日銀が接収されていたという銀の外に、八八六屯余の銀が引渡されたことは甲第二十六号証によつて明らかである。

(ハ)摘発について。

被控訴人は「仮りに本件純銀が控訴人主張のとおり日本国政府に引渡されたとしても、摘発物資として引渡されたものでないから報償金支払義務がない」と主張しているが、本件物資が控訴人の情報提供により、安本当局が調査の結果その一部を取上げたのみで取上を完了しなかつたので、衆議院隠退蔵物資等に関する特別委員会委員長加藤勘十が進駐軍に善処方を要望した結果、その申出に基き進駐軍当局が日本国政府のためにこれが調査、取上を完了し、日本国政府のために引続き保管していたものを平和条約発効と共に日本国政府に引渡したものであること前陳のとおりであるから、摘発物資として引渡されたものでないとする控訴人の前記主張は、何等謂れのないものである。

(ニ)報償金額算定時について。

報償金額は隠退蔵物資確認の時を基準として定むべきであると被控訴人は主張するけれども、右確認の時とは何時を指すかは閣議決定ないし中央物資活用委員会の決定にも明確な定めなく元来物資を確認するには摘発物資をよく調査して現物を引取り且つこれを買上げるまでの段階を経なくてはできないことであるから、「摘発物資の最終段階の統制額」とは摘発物資を公団に引取り且つ公団に買上げた時の当該物資の最終段階の統制額を意味するものと解すべく、本件物資は国の所有に属し買上を必要としないのであるから、日本国政府が進駐軍から引渡を受けた時即ち昭和二十七年四月二十八日当時における統制額を基準として本件報償金額が定めらるべきものである。と述べ、

被控訴人指定代理人において、

一、原判決事実摘示中被控訴人の主張として記載されている部分の訂正

(イ)原判決五枚目裏九行目及び六枚目表十行目から十一行目の「差止め又は取消の措置」を、「差止め、取消または訂正のための措置」と、

(ロ)同六枚目表五行目から六行目の「発見された物資の数量が原告主張のような数量であることは認めない」を、「発見された物資が電線であること、及びその数量が原告主張のような数量であることは認めない」と、

(ハ)同六枚目裏九行目「然るに右閣議決定は……」以下七枚目裏一行目から二行目の「懸賞広告の意思表示をしたということはできない」までを、「またこの閣議決定に基いて内閣に中央物資活用委員会が設置され、同委員会は昭和二十二年九月十三日隠退蔵物資調査処理要綱を定めたが、これは同月二十三日経済安定本部監査局長から地方経済安定局長及び産業復興公団総裁宛の通牒によつて始めて実施に移されたものであつて、それまでは単に右施策の実施細目案たる性質を有するに過ぎないものである。即ち昭和二十二年九月二十三日までは政府の意思は確定せず、まだその形式過程にあつたのであるから、政府において原告主張のような懸賞広告をする意思があるわけはなく、況んや懸賞広告に必要な表示行為をする筈がない。また原告が懸賞広告であると主張する同年八月二日の毎日新聞(甲第十九号証)の記事は同年八月一日の閣議において政府が遊休物資(隠退蔵物資)の全面的活用を実施するため将来とるべき方策を以下の如く決定したという政府内部の計画案に関する不完全な報道に過ぎないし、同年九月十八日の朝日新聞(甲第一号証)の記事は、経済安定本部において隠退蔵物資の情報提供者に対する報償金と隠退蔵物資の買上値段の基準を次のように決定し、十七日の在庫品課長会議でその基準を示し、今後全国にわたつて隠退蔵物資の摘発を実施することになつたということを報道したものであり、結局原告主張の両新聞の記事は(い)いずれも単なる事実(計画案)の報道であつて、情報提供者に対して一定の報償金を与えるという政府の意思は右の両記事の何処にも表示されていない。更に(ろ)前記各新聞記事によれば情報提供の対象たる摘発物資または隠退蔵物資または遊休物資の情報提供というだけの表示では指定行為が特定されないから右両新聞の記事は懸賞広告の要件を欠き懸賞広告としては無効なものといわなければならぬ。(は)いわゆる隠退蔵物資の情報提供者に対して価格の二割以内に相当する報償金を支払うということは、社会的見地からしても影響するところ甚大であり、政府の支払うべき報償金の金額も相当莫大にのぼることが予想されるのであるから、かかる事項について国を拘束する懸賞広告ありとするには、政府の名においてその具体的な内容を明確に示した広告ないし発表がなければならないと考える。以上の理由によつて前記閣議決定や隠退蔵物資調査処理要綱の一部が全国の各新聞紙に掲載されたからといつて被告国が原告主張のような懸賞広告の意思表示をしたということはできない。」と、

(ニ)原判決七枚目裏六行目「抗弁として……」以下八枚目表三行目から四行目の「……指定行為を完了したということはできない。」までを、「仮りに右閣議決定や隠退蔵物資調査処理要綱の一部が新聞紙上に掲載されたことを目して政府が一種の懸賞広告の意思表示をしたものであるとしても、原告は右要綱の定めるところに従つて指定行為を完了したということはできない」と、

各訂正する。

二、政府が新聞紙を利用し、或は記者団に対する公表によつて本件懸賞広告をしたものでないこと等(懸賞広告に関する控訴人の前掲(二)の(イ)及び(ロ)並びに同(三)の(イ)及び(ロ)の主張に対する反論)。

控訴人は政府が昭和二十二年九月十三日までに報償金支払に関する意思決定をし、同月十七日安本監査局の係官が記者団と会見して懸賞広告の指定行為を明示した云々と主張するが、中央物資活用委員会は物資活用委員会令によつて隠退蔵物資の調査及び活用に関する重要事項を調査審議するため設置された政府の諮問機関であつて、諮問機関の決定は直ちに政府の決定とはいえない。政府が諮問機関の決定を採用し実施することに決定したとき、始めて政府の決定があつたものといえるのである。本件についていえば、経済安定本部監査局長の地方経済安定局長及び産業復興公団総裁宛「隠退蔵物資の調査摘発に関する件」通牒(乙第一号証)の案が経済安定本部総務長官によつて決裁されたときに、始めて政府の意思決定があつたことになる。ところで右通牒案には決裁日が示されていないが、起案日は九月十八日であるから、決裁の日は施行日の同月二十三日か、または少くとも同月十八日以後であること疑なく、従つて十八日までは報償金の支払に関する政府の意思決定はなかつたのであつて、その以前の同月十七日に安本監査局の係官が記者団に対して、政府の意思決定があつたものとして懸賞広告の指定行為を明示し、これに対し所定の報償金を支払う旨の意思表示をする筈なく、安本監査局係官の発表はただ報償金支払についての政府の計画案を記者団に発表したに過ぎないのであるから、これが新聞記事として掲載されても新聞紙による懸賞広告であるとはいえないことは勿論、右公表行為自体懸賞広告であるとする控訴人の主張も理由なく、更に懸賞広告以外の原因を主張して被控訴人において報償金の支払義務ありとする控訴人の主張も、実質は懸賞広告に関する従前の主張と同一であり、その理由のないことは懸賞広告について述べたと同様である。

三、本件物資は電線でない(控訴人の前掲(四)の主張に対する反論)。

本件発掘された物資が隠退蔵物資処理要綱に定める電線に該当せず、銀の地金であることは被控訴人が従来主張してきたとおりであるが、仮りに控訴人主張の如く地金でなく製品であるとしても、前記要綱に定める電線は銅線を指称し銀線は含まれない。

四、本件物資が国の所有であることは争わないが、国に引渡のあつたことは否認する。仮りに引渡があつたとしても報償金支払義務はない(控訴人の前掲(五)の主張に対する答弁等)。

(イ)従前の主張の撤回

本件銀線は昭和二十八年八月三十日頃東洋工機株式会社が東京第一陸軍造兵廠に対する債務の代物弁済として受領したもので、その所有権は東洋工機株式会社にあるとの被控訴人の従前の主張を撤回し、右銀線が被控訴人国の所有であるとの控訴人の主張を争わない、

(ロ)本件銀線を鋳潰した銀の地金が平和条約の発効と共に被控訴人に現実に引渡されたことは否認する。

進駐軍の保管していた金、銀、ダイヤの貴金属が平和条約の発効と共に日本国政府に引渡されたことは事実であつて、進駐軍から大蔵省に交付された右引渡貴金属のリストのうちに銀の総量として控訴人主張前掲(五)の末段(い)記載の如く二、三六五屯九四〇キロと記載されていること、及び昭和二十五年五月二十日現在の大蔵省の調査によれば内政府保有銀の総量は同上(ろ)記載の如く一、四七九屯四七〇キロであることは認めるが現実に引渡を受けた銀の総量が右リスト記載と符合するか否かは、点検計量未済であるから不明である。そして進駐軍から引渡された貴金属の数量は著しく不足していることは甲第二十六号証によつて明らかであつて、本件銀線を鋳潰した銀の地金が控訴人主張の同上(は)の内に含まれて日本国政府に引渡されているかは甚だ疑問とするところである。

(ハ)仮りに本件銀線を鋳潰した銀の地金が平和条約発効と共に政府に引渡されたとしても、それは条約発効に伴う措置として引渡されたのであつて、摘発物資として引渡されたものでないから、報償金支払の条件は満たされていない。

本件銀線は控訴人の情報提供に基いて経済安定本部係官が実地調査に着手し、その一部を発見してその所在を確認したのであるが、全部を発見して計量するに至らないうちに進駐軍の手によつて接収されたものであつて、経済安定本部としての摘発は未だ完了していないのである。尤も進駐軍が摘発した場合でも、これが当初から隠退蔵物資の摘発を目的とした情報に基くものであつて産業復興公団がその物資を買取り又は引取つた場合には報償金を支払うことになつているが(乙第一号証中「情報提供者に対する報償金支払に関する取扱方針」四参照)、進駐軍の本件銀線の摘発は控訴人の情報提供によるものでないし、仮りに然りとしても進駐軍から摘発物資として産業復興公団ないし日本国政府に引渡されていないのであつて、たとえ条約発効と共に日本国政府に引渡された銀のうちに本件物資が含まれているとしても、右は条約発効に伴う措置としてその引渡があつたに過ぎぬものであるから、前記要綱に定める報償金支払の条件を具備せず、従つて報償金支払義務はない。

五、仮りに報償金支払義務ありとすればその金額を争う。

報償金の額は、隠退蔵物資確認の時の最終段階の統制額を基準として、千万円迄のものについては一割、千万円を超え二千万円までの部分については八分、二千万円を超える部分については五分の割合で算定した額である。(乙第一号証中「潜在物資の情報提供者に対する報償金に関する件」の閣議決定第二項及び「情報提供者に対する報償金の算定方式」第一項参照)そして右の隠退蔵物資確認の時というのは、情報に基いて実地調査を行つた結果隠退蔵物資を発見したときを指すのであるから、本件の報償金の額は本件銀線を発見した昭和二十二年九月二十五日当時の銀線の公定価格を基準として、右の割合で算出した額でなければならない。しかるに控訴人は本件銀線を鋳漬した地金が進駐軍から日本国政府に引渡されたという昭和二十七年四月二十八日(平和条約発効の日)当時の銀の統制価格(この統制価格が控訴人主張のとおりであることは争わない。)を基準として、報償の額を算定しているのは失当である。

なお隠退蔵物資の情報提供者に対する報償金については、産業復興公団の差益金を以てその財源に充てることになつて居り、報償金の財源に不足を生じた場合における措置については別にこれを定めることになつていたが(乙第一号証中「隠退蔵物資調査処理要綱」第四「情報提供者に対する報償金」五参照)、その後公団において報償金の財源に不足を来たしたことはなかつたので、それに対しては政府は予算上の措置を講じていなかつたものである。と述べた外は、

原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

証拠として、控訴人訴訟代理人は、甲第一ないし第三号証、第四号証の一、二、第五号証の一ないし十七、第六号証の一ないし七、第七ないし第十一号証、第十二号証の一ないし五、第十三ないし第十六号証、第十七号証の一、二、第十八ないし第二十七号証、第二十八号証の一、二、第二十九ないし第三十二号証(第三十一、第三十二号証は写)を提出し、原審証人増田春吉、同二宮到、近見俊夫、当審証人国塩耕一郎、同野間忠蔵、同田村福司、同根本守の各証言並びに原審における控訴人本人の尋問の結果(第一、二回)を援用し、乙号各証の成立を認めて、そのうち乙第六号証を利益に援用し、被控訴人訴訟代理人は、乙第一ないし第四号証、第五号証の一、二、第六号証を提出し、原審証人宮田慶三郎、同小野秀雄、同唐沢余計、当審証人根本守の各証言を援用し、甲第二、第二十三号証の成立及び甲第三号証中加藤委員長の証明部分を除く他の部分の成立につき不知を以て答え、甲第三十一、第三十二号証の原本の存在並びにその成立を認め、前記甲第三号証中加藤委員長の証明部分と爾余の甲号各証の成立を認みた。

理由

昭和二十二年八月一日の閣議で(一)民間人の情報によつて潜在物資を発見したときは、情報提供者に報償金を交付することができる。(二)報償金の額は、潜在物資確認の時の当該物資の最終段階の統制額の二割に相当する以内とする。という趣旨の決定がなされ、この閣議決定に関し同日政府係官から、内閣詰の新聞記者団に発表せられ、同月二日附毎日新聞(甲第十九号証)外全国の新聞に控訴人主張のような内容の記事(右第十九号証記載内容と同一)が掲載されたこと、次で右閣議決定に基いて経済安定本部に中央物資活用委員会が設置せられ(この委員会の性格が被控訴人主張の如く政府の諮問機関なりや否やは姑く措く)右閣議決定の具体的な実施細目として、昭和二十二年八月二十四日決定、「情報提供者に対する報償金の算定方式」並びに同年九月十三日中央物資活用委員会決定の「隠退蔵物資処理要綱」及び「情報提供者に対する報償金の支払に関する取扱方針」によつて調査摘発する物資の種類及び報償金の額に関し控訴人主張のように定められたこと、同年九月十七日経済安定本部の係官が右の趣旨を同本部詰の新聞記者団に発表し(但しその具体的な発表内容は姑く措く)、これによつて翌十八日の朝日新聞(甲第一号証)に前記閣議決定及び中央物資活用委員会の諸決定に関し、控訴人主張のような内容の記事(甲第十九号証所載)が掲載されたこと、被控訴人が前記各新聞記事について差止め、取消、または訂正のための措置をとらなかつたことは、当事者に争のないところである。

第一、よつて前記新聞所載記事を目して控訴人主張のような懸賞広告と解し得るかどうかについて判断する。

控訴人は、前段説示の経過に鑑み、前記閣議決定と中央物資活用委員会等の諸決定とは相俟つて、少くとも昭和二十二年九月十三日までに政府において、所謂隠退蔵物資の情報提供者に対し一定の報償金を与えるという意思を具体的に決定し、この意思決定に基き前示新聞記者団に対する公表ないし新聞記事の掲載となつたもので、ただその記事の掲載が政府の名においてなされなかつたとはいえ、苟くも新聞記者団に公表する以上、全国の新聞紙にその公表事項が報道されることを予期していたというよりは、むしろこれを意欲していたというべく、しかも前示新聞記事の内容自体即ち表示行為としても、指定行為をなした者に対し一定の報酬を与えるという民法所定の懸賞広告の要件を具備しているし、政府においてその後右記事の取消しまたは訂正のための措置をとることなく、却つて実施してきたのであるから、これらの事実からしても前示新聞記事の掲載は、懸賞広告による政府の意思表示として法律上被控訴人を拘束するものであると主張するに対し、被控訴人は中央物資活用委員会は単なる政府の諮問機関に過ぎないから、その決定は直ちに政府の意思決定となるのでなく、本件についていえば経済安定本部監査局長の地方経済安定局長及び産業復興公団総裁宛「隠退蔵物資の調査摘発に関する件」通牒(乙第一号証)の案が、経済安定本部総務長官によつて決裁されたとき始めて、政府の意思決定があつたものというべく、右決裁のあつたのは起按日の昭和二十二年九月十八日以後実施期日の同月二十三日までの間であつて、少くともそれ以前である同月十七日までには、報償金支払に関する政府の意思は決定せず、従つて同日安本監査局の係官が記者団に対し、これに関する政府の意思決定があつたものとして懸賞広告の指定行為を明示して所定の報償金を支払う旨の意思表示をする筈なく、右記者団に対する発表は、ただ報償金の支払についての政府の計画案を示したに過ぎないのみならず、また控訴人主張の新聞記事の内容を見ても、単なる政府の計画案に関する報道であつて、その表示内容自体に徴しても、政府の名において一定の指定行為をしたものに対し一定の報酬を与えるという、具体的な内容を明確に示した意思の表示と解することができず、懸賞広告としての要件を欠くものであると抗争する。

そこで先ず、隠退蔵物資の情報提供者に対し一定の報償金を与えるという控訴人主張のような政府の意思が、具体的に決定された時期について考察してみるに、前記閣議決定は単にその大綱を定めたに過ぎないことは控訴人の自ら主張するところであると共に、隠退蔵物資の範囲並びに情報提供者に対する報酬金の額等について、控訴人主張の如く具体的な決定をした前記中央物資活用委員会なるものは、昭和二十二年九月十一日政令第一九四号物資活用委員会令によつて設置せられたものであつて、内閣総理大臣の管理に属し隠退蔵物資の調査及び活用に関する重要事項を調査審議することを目的とし、これら事項について経済安定本部総裁に建議し、または隠退蔵物資の処理について主務大臣から報告を求めることができるが(同令第一条、第二条第一ないし第三項参照)、その性格は政府の諮問機関であることが明らかであるから、前記中央物資活用委員会の諸決定が、直ちに政府の意思決定を成すものでなく、政府の当該機関がこの決定事項を採用して決裁を与えたときに始めて、政府の意思が決定するものと解しなければならない。そして成立に争のない乙第一号証によれば、経済安定本部監査局長より各地方経済安定局長並びに産業復興公団総裁宛、前記諸決定の定めるところに従い昭和二十二年九月二十三日より施行する旨の「隠退蔵物資の調査摘発に関する通牒」の案が起按せられたのが同年九月十八日であることは明らかであり、所管経済安定本部総務長官が決裁した日時は明確でないが、右起按日の後であることは疑はないから、少くとも政府として控訴人主張のような意思決定をしたのは右十八日以後であると断定せざるを得ない。

してみると政府がその正式の意思決定以前である同月十七日に隠退蔵物資の情報提供に関し指定行為を明示し、当該指定行為をした者に一定の報酬を与えることを法律上の義務として負担とするという内心的効果意思の下に、換言すればかかる事項を内容とする懸賞広告その他法律上の拘束力を有する意思表示として、これを外部に対して表明するというようなことは、首肯できないところであつて、前記記者団に対する発表も(この公表内容が後記説示の如き新聞所載事項以上に出でたかどうかこれを確認するに足る証拠はない。)発表者の真意としては、前記閣議決定や中央物資活用委員会の諸決定に基く政府の計画案を発表したに過ぎないものと認むべく、従つてかかる発表事項が直に新聞記事として掲載されることが予期されていたとしても、右新聞記事を通じ前同様政府の施策の一端を全国に周知せしめるという程度を出でないものと認めるの外はない。

尤も政府の前記意思決定が何時において確定したかは、政府内部の問題であり、表意者の心裡留保に基く意思表示と雖も、原則としてその効力を妨げられることはないのであるから(民法第九十三条)、前記政府係官の公表ないし新聞所載記事を以て控訴人主張のような懸賞広告と目すべきや否やは、単に表意者たる被控訴人の主観的な意思、つまり表意者の内心的効果意思如何のみによつて決すべきでなく、表示上の効果意思の有無即ち外部にあらわれた表示行為を客観的に判断してこれを決すべき問題であるけれども、従来説示の諸般の事実並びに本件にあらわれた凡べての証拠を以てするも、未だ以てこの点に関する控訴人の主張を肯定することはできない。即ち政府機関の行う所謂新聞発表は、政府の行う施策を一般社会に周知せしめる一つの方法として永年行われているところであり、若し政府が懸賞広告というような法律上の権利義務を伴う意思表示を外部に対して表示する場合には、特に政府の名において新聞の広告欄を利用して広告するとか、その他法令の公布ないし告示等確実な形式を以て外部に表示するのが通常であつて、かかる単なる新聞発表ないしこれに基く新聞記事の掲載があつて、しかも政府がその発表や新聞記事の取消訂正の措置をとらなかつたという事実を以ては、未だ客觀的にも、政府がこれに関する懸賞広告による申込の意思表示をするという効果意思を伴う表示行為があつたものと解することはできない。(なお控訴人はその後昭和二十二年九月二十三日以後政府が前記諸決定の定めるところを実施したのであるから、この時に懸賞広告として効力を生じたと主張するが、右実施の一事を以て前になされた新聞発表ないし新聞記事掲載が、この時に懸賞広告としての効力を生じたもの、或はその他法律上の拘束を受けるものと解し得られないこと後記説示のとおりである)。

以上は専ら前記新聞発表ないし記事掲載当時における表意者の真意並びにその発表形式(表示行為)自体から、懸賞広告としての効果意思の存在を認めることができないものとして、控訴人の懸賞広告の主張を排斥したのであるが、控訴人が懸賞広告の意思表示であると主張する新聞発表ないし掲載記事の内容自体(即ち表示内容)から觀察しても、前記昭和二十二年八月二日の毎日新聞(甲第十九号証)の記事は同甲第十九号証の記載内容によつて明らかな如く同年八月一日の閣議において政府が遊休物資(隠退蔵物資)の全面的活用を実現するため、情報提供者に相当の報償金を支給することを決定したこと、その他これに関し政府の将来とるべき方策として云々の事項を立案中であるとの、政府内部の計画案についての報道に過ぎないし、同年九月十八日の朝日新聞(甲第一号証)所載の記事内容も、同甲第一号証の記載内容によつて明らかな如く、経済安定本部において隠退蔵物資の情報提供者に対する報償金と、隠退蔵物資の買上値段の基準を次のように決定し、十七日の在庫品課長会議でその基準を示し今後全国にわたつて実施することになつたこと、次に右報償金並びに買上値段の基準として具体的な率を掲げたもので、これまた単なる事実の報道と解するの外なく、政府の意思表示として隠退蔵物資の情報提供者に対し一定の報償金を与えるという表意者の意思は、右の両記事の何処にも表示されていないと同時に、右記事に所謂隠退蔵物資または遊休物資というも、法律的にみてその内容は不明確であり、従つて隠退蔵物資の情報提供という指定行為は特定されないことになり、(この点に関し控訴人は隠退蔵物資というだけで一般にはその範囲輪廓は十分理解し得ると主張するが、懸賞広告による意思表示をなした者及びこれに応じて指定行為をなしたものは、その広告の表示する内容に従い法律上の義務を負担し権利を取得するのであるから、少くとも法律的にみて特定しまたは特定し得べきものでなければならない。)懸賞広告たるの要件を欠くのみならず、これら記事の内容に関する右説示の諸点から考察しても、前示記事の掲載は、未だ以て控訴人主張のような政府の懸賞広告による意思表示と解することはできない。

第二、次に前記九月十七日の政府係官の新聞記者団に対する発表が、控訴人主張のような懸賞広告と解し得るかについて判断する。

これについての判断としては、前記第一の説示中この点に関する部分をすべてここに引用する。ただ前示新聞報道とは異なり、その発表は政府の係官によつて、政府の名においてなされたものであるけれども、それは政府の将来とるべき施策についての計画案の発表に過ぎないと解するの外はないこと、既に説示したとおりであつて、右発表内容そのものも、原審証人近見俊夫、当審証人野間忠蔵の証言によれば、甲第一号証(昭和二十二年九月十八日附朝日新聞)所載事項と大体同一で、ただ発表事項をプリントにして置いたということを認め得るだけで、それ以上その内容を確認するに由なく、その他控訴人の全立証に俟つも到底右新聞発表を解して控訴人主張のような懸賞広告による適法な政府の意思表示があつたものと認めることはできない。尤も右発表当時においても、政府機関においてその発表した計画案を実施し、その曉にはこれに基いて報償金を支払う意思のあつたことはこれを窺知するに難くないが、さればといつて右発表自体を目して既に懸賞広告による意思表示があつたものと解することは、行過ぎであるといわねばならぬ。

第三、更に法例第二条を根拠とする控訴人主張の前掲事実摘示(三)請求原因の追加(ロ)の主張について判断する。

この点に関する控訴人の主張は稍理解に苦しむところであるが、本件隠退蔵物資の調査摘発の報償金支払の件に関し政府のとつた措置は、慣習上なし得る時宜の行政的措置に則つたもので、これを如何なる形式にせよ外部に発表した以上、それは一つの社会規範として法令第二条によりその発表内容に従い、政府は法律上拘束せらるべきものであるとの主張に帰するようである。しかしながら控訴人主張のような慣習法ないし事実たる慣習の存在を認むべき何等の根拠もないから、この主張は首肯し難い。

これを要するに、前示の如く政府は前掲「隠退蔵物資の調査摘発に関する件通牒」により、昭和二十二年九月二十三日から右通牒の定めるところに従い実施することとしたが、当時前記新聞発表によつて予め政府の計画案を一般に周知せしめる方策を採りながら、これを実施するための措置としては単に下部関係行政庁に対する通牒によつて実行に移したに止り、これに関する法令の公布ないし告示その他懸賞広告等外部に対し政府を拘束すべき適法な法的措置を講じなかつたものであつて、当裁判所に顕著な昭和二十四年四月一日総理庁告示第二十四号隠退蔵物資に関する情報提供に関する件(同日附官報所載)を公布施行(その内容は従前の通牒に定めたところと多少の差異ある外大体において同趣旨であるが、従前通牒によつて実施されてきた事項については何らの経過規定的な定めもない。)するに及び、ここに始めて右告示の定めるところにしたがい法律上被控訴人国及び一般第三者を拘束すべき法的措置がとられたことが明らかである。(因に右総理庁告示は昭和二十四年十二月二十九日経済調査庁告示第三号によつて廃止された。)尤も成立に争のない甲第九号証(昭和二十三年一月十日附読売新聞)その他弁論の全趣旨によれば、前記通牒による事実上の実施以後前記総理庁告示のあるまでの間においても、政府は前掲通牒の定めるところに従い報償金を支払つた事例あることは、これを看取するに難くないけれども、この事実あればとて少くともこの空白の間における政府の報償金支払を目して、法律上の義務の履行と解する根拠とはなし難い。兎もあれ政府が前示の如き新聞発表をなし、隠退蔵物資の摘発に関し一般国民の協力を求め、これを実施に移し実質上懸賞広告をしたのと同様の効果を挙げながら、前示総理庁の告示あるまで外部に対し法的効力を生ずべき適法な措置をとらなかつたことは、たしかに控訴人指摘の如く非難さるべきことと謂わざるを得ないけれども、このことを以て上来説示の解釈をまげることはできない。

そして本件において控訴人は前掲理由の部第一ないし第三の主張を前提とし、前示総理庁告示前である昭和二十二年九月下旬頃隠退蔵物資に該当するという銀電線に関する情報を提供したから、所定の報償金の支払を求めるというにあるところ、その前提とする各主張がいずれも前掲説示の如く容認できないものである以上、尓余の点につき判断を加うるまでもなく控訴人の本訴請求は失当としてこれを棄却すべく、これと同趣旨に出でた原判決は相当であるから民事訴訟法第三百八十四条に則り本件控訴を棄却すべきものとし、控訴費用の負担につき同法第八十九条、第九十五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 斎藤直一 判事 菅野次郎 判事 坂本謁夫)

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